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「ボクは五才」の映画を観て!

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正月に観ようと3本のDVDを年末にAmazonで購入したうちの一つが、「ボクは五才」でした。

DVDボクは五才 [DVD]

この「ボクは五才」は、小学生の頃に学校から見に行った映画で1970年公開の映画で2本立てでもう1本は、「ママいつまでも生きてね」でした。

1970年といえば大阪万博の年ですね。

なので「ボクは五才」の中でも大阪万博の事がでます。

この「ボクは五才」の映画は、実際にあった事をモチーフに作られた映画だと映画の冒頭でナレーションで紹介さていました。

「ボクは五才」は、高知に住む5歳の園児が、大阪で出稼ぎ中の父に逢うためにたった一人で以前自分が父親と一緒に大阪へ行った時に描いたスケッチを頼りに無銭旅行をする物語です。

小学生の頃に観て覚えていた内容は、お父さんを訪ねて一人で高知から大阪までスケッチをたよりに旅をするという事とテーマ曲を覚えていましたが、映画の内容のシーンは覚えていませんでした。

この映画に出ている俳優さんは、主人公の奥村太郎(5才)に 岡本健、主人公太郎の父役に宇津井健、太郎の祖父役に左卜全、タバコ屋のおばちゃん役にミヤコ蝶々が、出演されていました。

そして監督が、ガメラシリーズを撮られた湯浅憲明監督です。

テレビシリーズでは、東京警備指令 ザ・ガードマン(1965年)おくさまは18歳(1970年)アイアンキング(1972年)GO!GOスカイヤー(1973年)電人ザボーガー(1974年)家なき子(1974年)コメットさん(1978年)などがあります。

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この「ボクは五才」は、実際にあったことだということで5才の子が、一人で高知から大阪までよく行けたなと感心します。

映画を観ていると思いだされたシーンがありました。

それは、太郎が夢の中で虹を渡るシーンです。

このシーンは、記憶に残っていたようです。

そしてもう一つ思い出したのが、ペプシコーラの看板が画面いっぱいに映るシーンです。

そして1回しか見てなかった映画なのにこの映画の主題歌をよく覚えていたなと不思議に思っていましたが、あらためてDVDでこの映画を観て理由がわかりました。

この主題歌は、映画の色んな場面で使われていて何回も聞いていたから記憶にこの曲が刷り込まれていたんですね。

そして1970年代の高知や高松や大阪の風景が、映画として残っていますのでこれは貴重ですね。

ボクは五才ボクは五才 [DVD]

この「ボクは五才」は、日本版の「母を訪ねて三千里」と言われた作品です。

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子供の頃に観た映画の一場面の謎を追って!

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私が、子供の頃に観た映画のワンシーンをたまに思い出すことがあります。

それは、大人の外国人と一緒に、子供が裸でパンを食べながら、アルミのカップで何か飲んでたシーンです。

それを見て私は、大人の外国人に服を取られて逃げられないようにされてると理解していました。

そしてその映画が字幕だったということと子供が自分の父親を探しに外国へ行くという話だったような事を覚えているだけです。

しかしその映画のタイトルが思い出せません。

この映画にまつわる謎は、私はこの映画を父と観に行ったのだろうかということです。

もし父と観に行ったとしたら 字幕の映画に子供を連れて行くだろうかということです。

そして最近この映画の手がかりがつかめました。

きっかけは、ブロ友さんのまあくんさんが、Facebookで昭和40年、初めて観に行った怪獣映画の記事を書かれていた事からです。

そのときに 私も一番最初に観た映画は、何だったろうと考えてみると東映で観た「ガメラ対ギャオス」か 菊美ど里劇場で観た「大巨獣ガッパ」この2本です。

「ガメラ対ギャオス」は、父に連れられて観に行ったような気がします。

そして「大巨獣ガッパ」は、従兄とおじさんとで観に行って映画館の二階席から観た記憶が有ります。

そしてどっちが、先だったかを調べてみるとどちらも上映は、昭和42年(1967年)でしたが、「ガメラ対ギャオス」の方が、1ヶ月早く上映されていたようです。

そしてこれを調べたことで子供の頃に観た映画のワンシーンの謎のヒントがつかめました。

それは、「大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス」と同時上映されていた映画があったからです。
その同時上映された映画が、「小さい逃亡者」という映画でした。

この映画について調べてみるとあらすじが、

孤児だった川間健は父がモスクワで生存しているという話しを聞きます。そのころ日本に来ていたサーカス団の道化師ユーリー・ニクーリンと出会いソ連行きを決意しソ連船籍に密航します。やがて極東の港湾都市ナホトカに到着して西へと向かいソ連各地で様々な個性的な人物と意気投合し、別れを惜しみながら西へ旅を続けるます。そしてレニングラードに到着してニクーリンと再会を果たし健はのちに衝撃的な事実に直面します。

という内容でした。

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このストーリーが、わかり私が、子供の頃に観た映画のワンシーンしか覚えていない映画は、たぶんこの映画だと思いました。

そして子供の頃に「ガメラ対ギャオス」を観てそれと同時上映されていた「小さい逃亡者」を観たと考えればつじつまがあいます。

そこでそれを確認するためにAmazonで「小さい逃亡者」のDVDと他2本(ボクは五才・手をつなぐ子等)を購入しました。
DVD

その3本のDVDをFacebookにアップすると まーきみ。さんから「小さい逃亡者」についてのコメントを頂き私が、記憶していたワンシーンを まーきみ。さんも覚ておられこれで さらにこの映画だった事を確信しました。

そして「小さい逃亡者」のDVDを観て長年の謎が解けました。

小さい逃亡者

子供の頃に観た映画のワンシーンが、この「小さい逃亡者」で確認できました。

そして子供の頃にそのワンシーンを見て私は、外国人に服を取られて逃げられないようにされてると理解していましたが、それは誤った理解だったという事もわかりました。

映画を 観ていて思いだしたシーンもありました。

ソ連船籍に密航するためにいっぱいコンテナが、積まれた港で 主人公の少年と女の子が、会ってるシーンとそして外国の病院で少年のお父さんらしき人と対面するシーンを思い出しました。

しかしほとんどの内容は、私の記憶から抜け落ちていました。

この映画が、上映された年代を見ると私が5歳の頃です。

当時私は、ちゃんとこの映画を飽きずに観ていられたのかなとそんな事を思いました。

しかしいくつかのシーンを覚えているという事は、ちゃんと観てたのでしょうね。

「小さい逃亡者」は「地獄門」でカンヌ国際映画祭最高賞パルムドール賞受賞した衣笠貞之助が歴史上初のソビエト連邦との合作映画をエドワールド・ボチャロフと監督した1966年の作品で、宇津井健、京マチ子、船越 英二、宇野重吉、ユーリー・ニクーリンが出演していて俳優陣は豪華です。

「小さい逃亡者」の映画設定や筋立てには少々無理がありますが、舞台が日本からソ連に移ってからのシーンでは、ナホトカ、ハバロフスク、イルクーツク、サマルカンド(当時はソ連領)、レニングラード(現サンクトペテルブルク)、モスクワ、シベリア鉄道、タイガ、木材輸送の巨大筏(筏の上で生活しながら川を下る)など、当時、鉄のカーテンに遮られていた向こうの情景がふんだんに登場するので、現在ならこれらのロケーションには一見の価値があるります。

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中国ドラマ『コウラン伝 始皇帝の母』

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今、日曜日の夜9時からNHKのBSでは中国ドラマ『コウラン伝 始皇帝の母』という歴史ドラマを放送しています。

私は、日本の歴史物も好きなんですが、海外の歴史物も興味があります。

「コウラン伝 始皇帝の母」ドラマの始まりは、李皓鑭りこうらん役の呉謹言ウー・ジンイエンが、名家のお嬢から、継母の陰謀で追い出され、人買いに売られ呂不韋りょふいの目に止まり助けられちょう国王妃の女官となります。中国の初代皇帝・始皇帝の母の物語です。

今までに中国のドラマを観た覚えがなかったのですが、もし見ていたとしても記憶に残っていません。

よく三国志は、日本でも漫画や映画になりますが、この「コウラン伝 始皇帝の母」は、毎週見ていますが、これがなかなか面白いです。

「りこうらん」と聞くと戦前・戦中の中国で映画や歌で活躍そして戦後は、日本で政治家となった「李香蘭りこうらん」こと山口 淑子やまぐちよしこさんを思い浮かべます。

その「りこうらん」という主人公の名を聞いたせいもあり「コウラン伝 始皇帝の母」に興味をもった経緯もあります。

「コウラン伝 始皇帝の母」のドラマを観て最初に感じたのが、金かけてるなぁという感想をもちました。

NHKの大河ドラマと比べるとセットの豪華さでは、中国のスケールの大きさに圧倒されます。

李皓鑭りこうらん役の呉謹言ウー・ジンイエンなかなか綺麗な可愛い女優さんです。

李皓鑭りこうらん役の呉謹言ウー・ジンイエン
李皓鑭(りこうらん役)の呉謹言(ウー・ジンイエン)

ただドラマを観てると中国の俳優さんの顔が、皆さん同じ顔に見えてしまって最初は、戸惑いましたが見てる内にだいぶ慣れてきて区別がつくようになりました(笑)

あとシーンが、変わる時も印象的な手法を使っています。

いったん画面が暗くなり次のシーンへ移るという手法です。

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このドラマを観ていて気がついたのですが、中国も日本と同じく座る時には、男も女も正座ですわっていることにこういう疑問を感じました。

朝鮮では、男も女も胡坐あぐらをかいて座っていましたので 中国の影響を受けてる朝鮮は、なぜ正座をしないんだろうとそんなことが気になりました。

まあどうでも良い事なんですが、「コウラン伝 始皇帝の母」を観たことで他の中国の歴史ドラマも気になり始めました。(^^;)

中国も面白い歴史ドラマをつくるんだなと感心していましたら アニメも面白いアニメを作っているようです。

私は、見ていないのですがネットニュースで中国アニメ『羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~』を絶賛する記事がありました。

今、日本は鬼滅の刃が、世界的に大人気ですが、これからも良い作品を作りどんどん日本のアニメを世界に送り出して欲しいモノです。

 

 

 

 

 

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「モスラの歌」はインドネシア語だったんだ!

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趣味でギターを弾いたりするんですけどなかなか歌を覚えられないので歌詞を見ながらじゃないと弾き語りができません。

歌詞を見ずに弾き語りが、できるようになれば良いなと思いますが、すぐ忘れちゃうんですね(^^)

子供の頃は、アニメソングなんか自然と覚えられていたんですけどね。

また子供の頃に覚えたアニメソングって今でも なぜか忘れずに歌えるんですよね。

子供の頃って別に歌を覚えようという努力なんかしなくても 歌を普通に聞いていたら自然と覚えられたことないですか?

昔、昭和の時代に怪獣映画のモスラの映画の中でザ・ピーナッツが、歌っていた「モスラの歌」あの歌は、今でも歌う事ができます。

あの歌こそ そんなに聞いていないのに子供の頃口ずさんでいました。

モスラヤ モスラ  ドゥンガン カサクヤン  インドゥムゥ   ルスト ウィラードア  ハンバ ハンバムヤン  ランダ バンウンラダン  トゥンジュカンラー  カサクヤーンム

モスラの曲を作曲したのは、NHKの朝ドラ「エール」の主人公の「古関裕而」なんですね。

そして「モスラの歌」の歌詞って でたらめにつっくっていたと思っていたらちゃんとした意味があったんですね。

歌詞の意味は、

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モスラよ、モスラ
あなたの母の神秘力で
あなたの賤しきしもべの祈りを
かなえたまえ
さあ、起き上がり、
その神秘の力をお示しください

「モスラの歌」作詞は、作詞者の由起こうじで歌詞は日本語で書かれたものを インドネシアの留学生に日本語の歌詞を見せてインドネシア語へ翻訳させ作らせたということです。

あの意味のわからない歌詞はインドネシア語だったんですね。

「モスラの歌」1961(昭和36)年作詞・由起こうじ/作曲・古関裕而

昭和36年というと 私はまだ生まれていません(^^;)

私が生まれる1年前になります。

あの意味のわからない歌をよく覚えているなと我ながら思います。

あれは、「モスラの歌」の独特の曲のおかげで覚えられたんだと思います。

大人になって聞いた曲は、覚えられないのに 子供の頃に聞いた曲はあんがいよく覚えていますね。

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恐怖新聞の設定

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恐怖新聞は、見られていますか?

私は、タイマー録画して見ています。

恐怖新聞は受け取るごとに100日寿命が縮み、最後には死んでしまうという恐ろしい予言新聞です。

恐怖新聞から逃れる方法は、恐怖新聞に誰かに名前を書かせると名前を書いた人に 恐怖新聞が届くようになり今まで受け取っていた人は、恐怖新聞から逃れることができます。

しかし受取人が変わってもその人が、もし死んでしまうと一つ前の受取人にまた恐怖新聞は戻ってきます。

ドラマの「恐怖新聞」は、こういう設定になっています。

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リングの呪いのビデオにちょっと似ていますね。

「リング」の呪いのビデオでは、「死にたくなければ呪いのビデオをダビングしてまだ見ていない誰かに見せる」ことになっていました。

漫画の「恐怖新聞」も受け取るごとに100日寿命が縮み、最後には死んでしまうことになるという設定だったが、恐怖新聞から逃れる方法って描かれたいましたかね?

 

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