「高校編」カテゴリーアーカイブ

私が水産高校を選んだ理由!

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私のブログにまた新しい「カテゴリ」が追加されました。

「自分史」です。

facebookのお友達の河野善福さんから 河野さんの自分史「河野善福物語」を頂いた事で 私もこのブログで 色んな記事を書きつつ 私の「自分史」も書いてみようと思いました(^^)

昨日は、「水産高校時代二重学籍で職員会議にかけられた!」という記事でしたので 今日は、「水産高を選んだ理由わけについて記事に書いてみました。

水産高校

私が、中学3年生の時。

中学3年生になると高校へ進むのか それとも就職するのか進路問題に直面します。

勉強が嫌いだった私としては、高校へは行かなくてもいいかなと思っていましたが、親が、「今の時代高校くらいは、出とかんといけんぞ!」という事を言われていました。

高校へ行くにしても 私としては、列車やバスを使っての通学は、したくありませんでした。

なぜって 朝早く起きて登校するなんて しんどそうなイメージがありましたから!(^^;)

となると宇和島市内の高校3校に選択肢が絞られます。

その3校とは、「宇和島東高等学校」 「宇和島南高等学校」 「宇和島水産高等学校」です。

まず「東高」は、私の頭では無理です。

次に「南高」も 無理です。

という事で最後に残ったのが「水産高校」だった理由わけです。

水産高なら 私の嫌いな5教科「数学」「国語」「英語」「理科」「社会」の勉強は無いと私は勝手に思い込んでいました。

これで進路は、「水産高」を 受ける事に決まりました。

滑り止めは、受けません!

受験校が、決まっても勉強の嫌いな私は、受験勉強は、する気になれず友達から漫画「ドカベン」を全巻借りてきて それを読んで時間を潰していました。

たまに母親が、そっと私の勉強部屋を覗きにやってきてましたので その気配を察知すると 漫画本をコタツの中に隠して勉強をしているフリをしていました。(^^;)

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なので 水産高の受験は、受験勉強をせずに受けたわけです。

そして水産高校を見事合格しました。

単純な私は、「勉強せずに受かるなんて俺って天才」と勘違いして 何故かやる気スイッチがはいりました。(笑)

私が、勝手に無いと思ていた「数学」「国語」「英語」「理科」「社会」5教科は、普通に有り その上に 水産高ですから専門科目の授業があり 普通高校よりも 勉強の科目数が増えてしまい大いなる誤算でした!(^^;)

その上、昨日ブログで書いた様に 愛媛県理美容専門学校の通信課に入学したモノですから 毎月送られてくる理容のレポートやテストも家でしなくてはなりませんし 家に帰ると家の理容店の手伝いをしなくてはなりませんでした。

水産高に入学してからやる気スイッチが入った私は、中学時代の成績であれば最後から数える方が早かったそんな私でしたが、なんとクラスでも成績が上位に入っていました。

2年生の時に数学の先生から3年生になったら「数学」と「専門科目」の授業は選択になるから「数学」を選ぶ様に誘われました。

そして3年生になって「数学」の授業を選んだら なんとクラス内で「数学」を選んだのは、私一人だけでした(笑)

という事で 選択授業になると 私一人が、違う教室に行っていました。

数学を選んだおかげで当時授業で マイコンのプログラムの勉強ができて あの時初めて学校の授業が面白いと感じた瞬間でした。

方程式を解くプログラムを作るというものでした。

またわからない事があれば 自分から職員室まで先生に聞きに行くほどでした。

あの時は、「数学の授業」に誘ってくれた数学の先生に感謝でしたね。

製造科の専門科目では、ボイラーの勉強をしていてクラス全員で2級ボイラー技士の試験を受けて クラスで合格者は3人だけで その中の一人に入る事できました。

卒業式の時は、河野さんは、「優等賞」を貰われたと「河野善福物語(中)」の中で書かれていましたが、私は、2つの学校を股にかけ頑張ったということなのか「努力賞」を頂く事が出来ました。(^^)

やる気スイッチは、何が切っ掛けで入るかわかりませんね!

もし中学生の時に入っていたら どうなっていたのかな?

なんて思ったりもします!

 

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水産高校時代二重学籍で職員会議にかけられた!

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facebookのお友達の河野さんより 「河野善福物語(上)(中)(下)」という自分史3冊が先月8月に送られてきました。

自分史

それを読みながら 私が、もし自分史を書くとしたらどんなエピソードがあるかなと思い起こしてみました。

今日は、私が経験した高校時代のエピソードを記事にしてみました。

 

私は、高校時代「宇和島水産高等学校 製造科」へ通って居たのですが、ある秘密がありました。

水産高校へ行きながら 別の学校にも入学していたのです。

私の父は、二代目の理容師で家は、お祖父さんの代から理容店を営んでいました。

中学生の頃は、父には「後は継がんけん!」と言っていましたが、高校へ入り1年生の時に将来の事を 考えるとサラリーマンには、向かないと自分でも自覚があり 色々考えるとやはり親の後を継ぐのが良いのかな!と思い 理容師を目指す事になりました。

そこで松山市にある 小栗の愛媛県理美容専門学校通信教育課へ入学をしました。

私の時代は、中学卒業で 理美容専門学校へ入学出来てましたが、今は高校を卒業しないと理美容専門学校へは、入学できなくなっています。

そして高校から帰ると 家の理容店の手伝いをしていました。

通信教育の場合は、学校へは通わなくていい代わりに 2年間毎月レポートとテストが、送られてきてそれをして そのレポートとテストを 学校へ送り夏休みに2週間だったかその期間理美容学校へ通うというスクーリングがありました。

水産高校では、4級小型船舶の免許を取れたのですが、ちょうどスクーリングの時期と重なって 残念ながら小型船舶の免許は、取る事が出来ませんでした。

その時に取っていたら3万円で取れていましたが、今取ったら10万円はかかるんじゃないでしょうか!

その代り私は、水産製造科でしたので2級ボイラー技士の免許を取る事が出来ました。今となっては役には立っていませんが(^^;)

話は戻りますが、水産高校へ通いながら 理美容学校に籍を置いて居た事が、水産高校に知られる事となり職員会議に掛けられる事になりました。

当時私としては、二重学籍がマズイ事という気持ちは、まったくなく 親が先生に話ていて先生も知ってるモノだと思っていました。

職員会議の結果最終的には、校長先生の判断で了承を頂け何事もなく今まで通り水産高校へ通える事になり卒業するときには、「努力賞」を頂きました。

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水産高校を卒業すると同時に 愛媛県理美容専門学校も無事卒業する事ができました。

水産高校を卒業して松山の理容店に就職して働くようになりました。

私の時代は、理美容学校を 卒業すると1年間理容店で インターン(実施修練)を行うと 国家試験を受ける資格が出来ます。

国家試験は、筆記試験を受けて合格すると 次に実技の試験が受けられるシステムでした。

だから実技は、バリバリで出来るのに 筆記試験が合格できない為に免許を貰えないという人もいました。

過去を思い起こすと 私も自分史に書けそうな普通の人では、あまり経験しない様なエピソードがあります。

タイトルにするとこんな感じかな!

「父が、叔父の保証を被る」

「我が家を競売で取られる」

「競売前に脅迫電話」

「電気の無い生活」

「夜逃げの手伝い」

「高利貸しとの話し合い」

「24歳で家を建てる」

といった記憶が、次々とよみがえってきました。(^^;)

 

 

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