宇和津小学校時代に東京五輪の金メダルを掛けさせてもらった体験。その金メダルを持ってきたのは、松田(旧姓山下)治広さんの実の姉・井上先生だった――長年の記憶がつながった感動のエピソード。
子どもの頃の記憶というのは、不思議なもので、長い年月が経ってもふとした瞬間に鮮明によみがえることがあります。
私にとってそのひとつが、宇和津小学校でオリンピックの金メダルを掛けさせてもらった日のことです。
当時、私は3、4年生くらいだったと思います。ある日、担任の先生が「今日は特別なものを見せます」と言って、教室にひとつの小さな箱を持ってこられました。
その箱の中に入っていたのは、なんと 東京オリンピックの本物の金メダル でした。
金メダルの持ち主は、宇和島市出身で、跳馬で世界を驚かせた 松田(旧姓・山下)治広選手。
1964年の東京五輪で跳馬と団体総合の2つの金メダルを獲得した、宇和島の誇りです。
当時スポーツが得意だった私は、クラスの代表として金メダルを掛けさせてもらうことになりました。
胸に掛けてもらった瞬間、金メダルがちょうど股間のあたりにきてしまい、クラスのみんなから「本物の金メダルだ!」と笑われたことを、今でも鮮明に覚えています。
あの時の教室の空気、みんなの笑い声、金メダルの重み――どれも忘れられません。
長い間、私はこの金メダルを持ってきてくれたのは「山下先生」だと記憶していました。
しかし最近、私より1級下の後輩から驚くべき事実を聞きました。
金メダルを持ってきてくれたのは “井上先生” で、その井上先生こそが松田治広さんの実のお姉さんだった というのです。
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【▲上記の記事からの続き▼】
つまり、私が掛けさせてもらった金メダルは、
松田治広さんの“家族が直接持ってきてくれた本物の金メダル” だったわけです。
旧姓が山下であること、先生が結婚して名字が変わっていたこと、そして私の幼い頃の記憶が混ざったこと。
すべてがつながり、長年の疑問がようやく解けました。
松田治広さんは、後年その金メダルを宇和島市に寄贈し、現在は宇和島市総合体育館に展示されています。
私が子どもの頃に掛けさせてもらったあの金メダルが、今も宇和島のどこかで輝いていると思うと、胸が熱くなります。
松田治広さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、
あの日の貴重な体験を改めて大切にしたいと思います。







