一番最初に男女の入れ替わりネタをやった作品は?

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一番最初に日本で男女の入れ替わりネタをやった作品は、何なんだろうと思いちょっと調べてみました。

男女が、入れ替わるネタの作品と言ったらまず頭に浮かぶのは、大林宣彦監督の『転校生』だと思います。

転校生』は、1982年(昭和57年)に公開された日本映画で山中恒の児童文学『おれがあいつであいつがおれで』の最初の映画化作品でロケは、尾道でされています。

1982年版を「尾道転校生」と呼び そしてリメイク版が2007年版「長野転校生」と呼び分けをしています。

1982年(昭和57年)に公開された日本映画『転校生』は、

明るくクラスの人気者である斉藤一夫。彼のクラスに、ある日転校生がやってくる。その転校生とは、実は幼いころ近所に住んでいた、幼馴染の斉藤一美だった。一夫と一美は、学校の帰り道、ちょっとした弾みで一緒に石段を転げ落ちてしまう。それによって、二人の身体と心は入れ替わってしまっていた。つまり一夫の体に一美の心が、一美の体に一夫の心が入ってしまったのである。

ウィキペディア(Wikipedia)より

冒頭でも紹介しましたように『転校生』の元ネタとなったのが、『おれがあいつであいつがおれで』は、山中恒の児童文学で 旺文社の『小6時代』に1979年4月号から1980年3月号まで12回に亘って連載されました。

これは、読んだ覚えがりますが妹の本で読んだんだったろうか?

おれがあいつであいつがおれで』のストーリーは、

斉藤一夫は、小学6年生のやんちゃで元気な男の子。ある日、一夫のクラスに幼馴染の女の子、斉藤一美が転校してくる。幼い頃の思い出をみんなの前であっけらかんと話す一美と、それをうとましく思う一夫。そんな二人の身体が、ひょんなことから入れ替わってしまう。

とりあえず、お互いの振りをして生活することにした二人だが、他人の、それも異性の生活になかなか馴染むことが出来ず、素の自分が出てしまう。周囲も、まじめでおとなしくなった一夫と、男勝りで荒っぽくなった一美に対して違和感を抱くようになる。

一美の服を着て、女言葉を使い、一美らしく振る舞うことになってしまった一夫。スカートをはいて登校すれば、友達だった男の子にスカートめくりをされたり、一美から、自分が生理になると聞かされ慌てたりと、男の子であった一夫にとって、女の子として過ごす生活は戸惑うことばかり。しかし、そんな自分を心配してくれる一美も、男の子としての生活の中で辛い目にあっていると知って彼女を思いやるようになり、二人は次第に絆を深めていく。

そんな中、一夫の父親の転勤が決まり、一美は今度は一夫として、また転校することとなった。離れ離れになったら、もう二度と元の身体に戻れない・・・。果たして二人は、元に戻ることが出来るのだろうか?

ウィキペディア(Wikipedia)より

おれがあいつであいつがおれで』の2年前1975年には、集英社の『週刊マーガレット』39号~1976年14号に連載されたドタバタラブコメディーで『ボクの初体験』は弓月光による男女が入れ替わるストーリーで連載されていました。

高校生の宮田英太郎は、もてるわりにあまりにも純情であるため、すぐふられてしまう。20人の女の子にふられた事を冴木みちる率いる美女連盟にからかわれたことで絶望し自殺を図るが、妻・人浦春奈を脳腫瘍で亡くした人浦狂児が仮死状態の英太郎を発見し、彼の脳を春奈に移植してしまう。

春奈として生き返った英太郎は、生来の純情さより自分の裸を見られず着替えも満足にできない状態であったが、自分(英太郎)に対する美女連盟の態度に怒り、春奈の姿を利用して自分をふった女の子達への復讐を誓う。”英太郎の春奈”は、星辰学院へ編入しみちると同じクラスに入るが、さんざん自分をいじめたみちるが自分を好きだったことがわかり、人浦博士も英太郎を元に戻すことを決意する。手術当日、春奈とみちるが人浦邸に向かう途中、道路に飛び出した春奈の身代わりとなりみちるが交通事故に遭ってしまう。人浦博士はみちるを助けるため、彼女の脳を英太郎の身体に移植する。

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かくして、”英太郎の春奈”と”みちるの英太郎”の物語は始まる。

ウィキペディア(Wikipedia)より

これは、私もリアルタイムで読んでいました。

そして『ボクの初体験』の2年前1973年には、「ポンポコ玉(あべこべ玉)」が、男女が入れ替わる特撮テレビドラマが放映されています。

同じ日に隣同士に引っ越してきた立花家と河井家だが、ライバル意識が強かったにも関わらず、中学生同士の百合と陽一は仲良くなった。2人は空き地でタヌキのぬいぐるみを拾ったのだが、それは宇宙人のペケペケで2人に赤い玉と青い玉をくれた。その玉を使うと10分間だけ入れ替わることができるのだ。そのせいで2人の周りは大騒動に巻き込まれるのだった。

ウィキペディア(Wikipedia)より

そして一番気になっていました日本で一番最初に男女の入れ替わりネタをやった作品は、なんと驚いたことに昭和7年に 原作はサトウハチローの「あべこべ物語(原題・あべこべ玉)」で男女の入れ替わりネタの小説が書かれていました。

男女の入れ替わりの発想が、こんなに早くからあったんですね。

あらすじ

東京に住む小学6年の妹千枝子の家に千葉中学二年(旧制)の山上運平が帰ってきた。二人は時計の中から、不思議な赤い玉を見つける。それはほら話ばかりする「でたらめのおじさん」がもってきた「ポンポコ玉」という赤い玉だった。その玉は、持ち主の願い事を一度だけ叶えてくれるという。しかし二人はその前でケンカしてしまい、朝起きると入れ替わってしまっていた。

家族はおかしくなった二人を不審に思う。しかし、その「ポンポコ玉」は叶えてもらった願い事をほかの人に言うと死んでしまうという。その恐ろしさもあって元に戻れない日々が続く。

運平になった千枝子は言葉づかいやしぐさなどで友人たちに笑われ、千枝子になった運平はさまざまなことでドジをしてしまう。

ついには野球の試合にでた運平(千枝子)を助けに行くために、千枝子(運平)は虎刈りにして野球に出場する。ところが、最後にはその秘密をばらしてしまい、二人は「むにゃむにゃ」といいながら「永遠の眠り(いうまでもなく、死)」についてしまった。

しかし、それまでのことは二人の見ていた夢だった。

ということで昭和7年、原作はサトウハチローの「あべこべ物語(原題・あべこべ玉)」が、日本ではじめて男女の入れ替わりネタを取り扱った作品でした。

  • 1932年(昭和7年)「あべこべ物語(原題・あべこべ玉)
  • 1973年(昭和48年)「ポンポコ玉(あべこべ玉)
  • 1975年(昭和50年)『ボクの初体験
  • 1979年(昭和54年)『おれがあいつであいつがおれで
  • 1982年(昭和57年)『転校生

サトウハチロー プロフィール

本名・佐藤八郎。1903(明治36)年5月23日、小説家・佐藤紅緑の長男として東京・牛込に生れる。16(大正5)年、早稲田中学に入学するが落第、転校、留置所入りを重ね、勘当されること十七回、放蕩の青春を送る。父の弟子・福士幸次郎の影響で詩に興味を持ち始め、19(大正8)年、幸次郎の紹介で西条八十の門弟となる。26(大正15)年処女詩集『爪色の雨』(金星堂)出版。作詩のほかレポーター・脚本家・映画プロデューサーと多彩な分野で活躍した。売れっ子ゆえに、子息・四郎氏が知るだけでも各レコード会社別など20余の筆名があり、2万編を超える詩作は日本音楽著作権協会も把握しきれていないという。53(昭和28)年の童謡集『叱られ坊主』(全音楽譜出版社)で、第4回芸術選奨文部大臣賞受賞。61(昭和36)年、代表作とされる詩集『おかあさん』(オリオン社)出版。62(昭和37)年「ちいさい秋みつけた」で日本レコード大賞童謡賞、さらに翌63年には日本放送協会放送文化賞受賞。66年紫綬褒章、73(昭和48)年11月3日には、勲三等瑞宝章を受章するが、同年11月13日永眠(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
サトウハチロー 僕の東京地図』より
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