
【導入】女性総理誕生と相撲の土俵問題
2025年、高市早苗氏が日本初の女性総理に就任まじかなことで、相撲界の「女人禁制」問題が再び注目を集めています。総理大臣賞の授与式では、通常総理が土俵に上がって直接渡しますが、相撲協会の慣習では女性は土俵に上がれません。
この慣習に対し、相撲ファンや市民から「代理を立てるのか?」「伝統を見直すべきでは?」という声が続出しています。
【本論①】過去の女性政治家と土俵の摩擦
過去にも女性政治家が土俵に上がることを希望し、相撲協会と摩擦が生じた事例があります。
- 森山眞弓元官房長官:表彰のため土俵に上がることを希望したが拒否。
- 太田房江元大阪府知事:5年連続で要望を出すも実現せず。
- 2018年舞鶴場所:市長が土俵上で倒れた際、女性看護師が救命処置を行う中、行司が「女性は土俵から降りてください」とアナウンスし、全国的な批判を浴びました。
この事件は「命より伝統が優先された」と受け取られ、相撲界の価値観に大きな疑問が投げかけられました。
【本論②】土俵の女人禁制はいつから?なぜ?
実は、土俵の女人禁制は明治時代以降に強調された慣習とされています。それ以前は女相撲も存在し、女性が土俵に上がること自体は珍しくありませんでした。
主な理由とされる説:
- 神道的な「穢れ」思想
女性は月経や出産で「血」を流すため、不浄とされ、神聖な場所に入ることが避けられた。 - 豊作の女神が嫉妬するという信仰
相撲は神事として、裸の男性が戦う姿を女神に捧げるものだから、女性が土俵に上がると神様が嫉妬して凶作になるという考え方。 - 欧米化による女性排除の近代化政策
明治時代の文明開化で、女性の裸や格闘が「野蛮」と見られることを避けるため、女性を排除したという説もある。
つまり、宗教的・文化的な背景だけでなく、政治的・社会的な都合も大きく影響しているのです。
【本論③】霊山の女人禁制とその解除の背景
相撲だけでなく、霊山にも女人禁制の慣習が存在していました。現在では多くの山が解禁されていますが、理由は意外にも“世俗的”なものでした。
- 比叡山:明治5年、博覧会の来賓に配慮して女人禁制を解除。
- 神仏分離政策:修験道の廃止令により宗教的慣習が見直された。
しかし、今でも女人禁制を守る霊山は存在します。
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【▲上記の記事からの続き▼】
| 場所名 | 所在地 | 禁制の理由・背景 |
|---|---|---|
| 大峰山・山上ヶ岳 | 奈良県 | 修験道の聖地。1300年以上女人禁制を守っていて、信徒側も解除に反対しているほど伝統が根強い。 |
| 石仏山 | 石川県能登町 | 古代の巨石信仰に基づく祭祀の場。14歳以上の女性は入山禁止。山全体が神域とされている[1]。 |
| 舟木石神座 | 兵庫県淡路島 | 太陽信仰に基づく磐座。女性は直接参拝できず、少し離れた稲荷社から遥拝する慣わし。 |
| 沖ノ島(番外編) | 福岡県 | 宗像大社の神域。かつては女人禁制だったが、現在は一般人も原則立ち入り禁止。世界遺産にも登録されている。 |
| 石鎚山(7月1日のみ) | 愛媛県 | お山開きの初日だけ女人禁制。普段は登れるが、宗教的な習わしが残っている。 |
石鎚山では毎年7月1日だけ女人禁制が続いているんですね。
坂本龍馬の妻・楢崎龍(お龍)さんは、当時「女人禁制」とされていた霊山・高千穂峰に登った、記録上最初の女性のひとりとされています。
この登山は、日本初の新婚旅行とも言われており、龍馬の療養を兼ねた旅の途中での出来事でした。お龍は男装して龍馬とともに登山し、案内人の制止を振り切って山頂へと向かったという逸話が残っています。
そして山頂では、神話の聖地に突き立てられている「天逆鉾(あまのさかほこ)」を引き抜いたという伝説が! この行動については、お龍が一人で引き抜いたという説と、龍馬と二人で引き抜いたという説があり、龍馬の手紙とお龍の回顧録で内容が食い違っているのも興味深いポイントです。
- 龍馬の手紙(姉・乙女宛)では、「二人で少し動かして、元に戻した」と軽いいたずらのように描写。
- 一方、お龍の回顧録では「私が一人で引き抜いた」「倒したまま帰った」と、より大胆な行動として語られています。
お龍さんの行動は、今の価値観から見ても非常に勇気ある挑戦であり、文化的にも象徴的な出来事と言えるでしょう。 禁制の壁を越えたその姿は、まさに“時代の波を先取りした女性”だったのかもしれません。
【結論】伝統と現代の価値観はどう共存できるか?
相撲や霊山の女人禁制は、単なる宗教的慣習ではなく、時代の価値観や政治的背景によって形作られてきました。高市氏の総理就任は、こうした伝統の見直しを促すきっかけになるかもしれませんね。
伝統を守ることと、現代の価値観を尊重することは、対立ではなく対話の中で共存できるはず。その第一歩は、こうした議論を丁寧に紐解くことから始まるのではないでしょうか。