【宇和島の節分】四つ角に「厄」を捨てる?今も残る不思議な厄落としの風習

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愛媛県宇和島市に伝わる節分の風習「四つ角の厄落とし」。歳の数だけ豆を包み、針や小銭と一緒に十字路へ捨てる独特の文化を振り返ります。時代の変化とともに変わりゆく街の景色や、子供時代の懐かしい思い出を綴ったエッセイです。(2018年2月5日のブログ記事をリライトしたブログです。)

【宇和島の節分】四つ角に「厄」を捨てる?今も残る不思議な厄落としの風習

2月3日の夜、手渡された「小さなしるし」

「はい、これ」

3日の夜、妻から不意に丸まったティッシュを手渡されました。一瞬、「え、ゴミ?」ときょとんとしていると、妻が続けて一言。「これ、捨ててきて」。

その言葉で、私はハッとしました。「ああ、今日は節分か!」

宇和島に住む私たちにとって、このティッシュの塊はただのゴミではありません。中に包まれているのは、家族の平穏を願う「厄」そのものなのです。

宇和島の伝統「四つ角の厄落とし」とは

私が住む宇和島には、節分の夜に「四つ角(十字路)」へ厄を捨てに行くという独特の風習があります。

子供の頃の記憶を辿ると、節分の準備はとても厳かな儀式のようでした。

まず、自分の歳の数だけ大豆を数えます。それをちり紙(今のティッシュ)に包むのですが、中に入れるのは豆だけではありません。家族それぞれの歳の数だけまとめた豆と一緒に、**「一円玉」と「針」**を一つまみ。

それを握りしめ、夜の闇に包まれた近くの十字路まで向かうのです。

「振り返るな!」鬼との追いかけっこ

十字路に着くと、心臓の鼓動が早まるのを感じました。

包みを地面に置き、**「今年の厄を捨てます!」**と心の中で(あるいは小さな声で)唱えます。

そこからは、もう真剣勝負。

【▼記事は、下記に続く】

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【▲上記の記事からの続き▼】

「後ろを振り返ると、鬼がついてくるよ」

大人たちにそう教えられていたので、一度置いたら最後、家まで脇目も振らずに一目散に駆け抜けます。背後に鬼の気配を感じるような気がして、あの頃は本当に怖かったものです。

翌朝の景色と、今抱く「小さなしるし」への疑問

翌朝、学校へ行くために同じ十字路を通ると、そこには昨夜の「厄」たちがたくさん散乱していました。街中の四つ角という四つ角に豆が広がっている光景は、宇和島の節分の風物詩。それを近所のおばさんたちが丁寧にほうきで掃き清めている姿も、セットで記憶に残っています。

ただ、大人になった今、ふと疑問に思うことがあります。

「あの一円玉や針は、どうしていたんだろう?」

今では「針は危ないから」と入れる家庭も少なくなりましたが、当時は分別の習慣も今ほど厳格ではありませんでした。近所の方々がうまく処理してくれていたのか、それとも地面に馴染んでいったのか……。地域の寛容さと、現代の安全意識の狭間で、少し不思議な気持ちになります。

変わりゆく街並みと、受け継ぎたいもの

今年の節分の夜、妻に頼まれて十字路へ向かうと、そこに捨てられていた厄はまだ一つしかありませんでした。翌朝確認しても、わずか数えるほど。

時代の流れとともに、こうした少し手のかかる、そして「道に物を置く」という風習は姿を消しつつあるのかもしれません。

皆さんの住んでいる地域の節分はどうですか?

豆まきだけでなく、その土地にしかない「厄の払い方」があるのではないでしょうか。

散乱する豆の掃除は大変かもしれませんが、あの「夜の十字路に厄を置いて走る」という少しスリリングな体験が、いつまでも子供たちの思い出の中に残ってほしいなと思う、宇和島の夜でした。


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