六曜

パンドラの箱を開けた「アインシュタインの大統領宛の手紙」

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「パンドラの箱」とは、触れてはいけないもののたとえとしてよく使われます。

「パンドラの箱」の中身は「災い」です。病気、憎悪、犯罪、争いなど、人のさまざまな悪行を指します。

「パンドラの箱」を開けるという事は、それを実行すると、災いが起こる可能性があるということです。

「パンドラの箱」は、ギリシャ神話でゼウスがパンドラに贈った災いの詰まった箱が由来しています。

ギリシャ神話最高の神であるゼウスは、プロメテウスが天井に火を盗んで人間に与えた復讐として、ヘファイストスに命じて最初の女性を作らせその女性がパンドラとう名前で、絶世の美女だと言われています。

そのパンドラを地上に送るとき、ゼウスはパンドラに絶対に蓋をあけてはいけないと言って、ある箱を持たせました。この箱は、壺だったともいわれています。

地上についたパンドラは好奇心から箱を開けてしまい箱の中からすべての災いが飛び出しました。

パンドラは、慌ててふたを閉めると、箱の中に残ったのは希望だけでした。

最後に「希望」が残されたのですが、この希望については解釈がいろいろあり「希望」を期待のような良い意味合いで解釈する考え方がある一方で、「希望」により前進しても待ち受けるのは困難だけなので、希望も災いのひとつとして捉える考え方もあります。

そして「アインシュタインの大統領宛の手紙」が、人類がパンドラの箱を開けるきっかけとなったのです。

「アインシュタインが原爆を作るようにルーズベルト大統領に手紙を出したことが、核兵器製造の発端だった」とよく言われますが、実はアインシュタインはその知名度を利用されたにすぎません。

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アメリカが、原子爆弾を作るきっかけとなったのは、ハンガリー生まれのアメリカのユダヤ系物理学者レオ・ジラードが、核分裂が発見されて以来、その発見がナチス・ドイツの原爆製造につながる可能性について恐れたためアメリカがドイツに先がけて原爆を開発して、ドイツの原爆使用をけん制すべきだという、今で言う「核抑止論」のような発想を抱いていました。

ジラードは「核抑止論」の考えについて、同じハンガリー人の亡命科学者であるエドワード・テラー、ユージン・ウイグナーと議論しその結果三人は、アメリカの原爆開発がドイツの原爆使用を回避するだけでなく、原爆を使った戦争をすれば、戦争の勝者も敗者もなくなり、通常兵器を使ったあらゆる戦争も廃止できるという楽観的な、夢のような期待を抱いていたのです。

彼らは、アメリカに原爆開発を進言しアメリカ政府を動かすには、同じ亡命科学者としてナチスのユダヤ人弾圧に心を痛めているアインシュタインに白羽の矢を立てたのです。

アインシュタインの知名度を利用して、ルーズベルト大統領に手紙を書いてもらうことを考えつきました。

1939年7月16日ジラードとウイグナーはロングアイランドの避暑地にアインシュタインを訪ねアインシュタインはこのとき初めて、連鎖反応と原爆製造の可能性を知って驚きました。

アインシュタインは、その事と同時に、ジラードらのアメリカ政府を動かそうとする意図も理解しアインシュタインが手紙の内容をドイツ語で口述し、それをウイグナーが書き取って持ち帰り英訳し大統領宛の手紙の草案を作りました。

ジラードは、ルーズベルト大統領とつながりの深いアレキサンダー・ザクスを通してアインシュタインの手紙を大統領に届ける道をつけ7月30日にアインシュタインを訪ね、大統領宛の手紙を再検討し手紙を作成し、アインシュタインが署名しました。これが有名な「アインシュタインの大統領宛の手紙」となったのです。

1945年5月ドイツが降伏すると、ジラードは核兵器開発の停止を訴えましたが、原爆を手にしたアメリカは、原爆を対ソ外交の「切り札」と位置づけるようになり1945年に完成したばかりの原爆を、広島と長崎の一般住民に対して投下しました。

後にアインシュタインは、手紙に署名したことを生涯の最大の過ちとして後悔したということです。

 

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