前回のブログ(私の母の実家は松丸随一の豪商だった?!その15)の続きになります。
【竹葉類蔵ミステリー】
松野町役場の図書コーナーに置かれている「芝家文書調査報告」の中に「吉田喜兵衛は、近代松丸随一の豪商として知られていた吉田屋の前身と考えられ紙や蝋を大阪と直接取引をしたとある。」
というよな事が、芝家の古文書に書かれていましたので「吉田喜兵衛」の名前を 国立国会図書館のデジタルコレクションで検索をしてみました。
するとその名前で何冊もずらっとヒットしました。
その本の中から松丸に関係のありそうな本を探してみました。
関係のありそうな本が、見つかりました。
タイトルは、「高山浦庄屋史料 : 田中家史料 (宇和島・吉田藩史料. 宇和島藩庄屋史料)」です。
その中の35 コマ目に松丸の字がみえましたのでそのページを見てみる事にしました。
そのページには、2人の「吉田喜兵衛」の名前が、載っていました。
よくよくみると 松丸と書かれている方の「吉田喜兵衛」が、ありましたので吉田の祖先は、こちらだなと確信しました。
その隣には、正木や竹葉の名前もありました。
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【▲上記の記事からの続き▼】
竹葉の名前を見ると「竹葉類右衛門」と書かれていましたので 竹葉家のご先祖さんだなと見当が付きました。
曾祖父の父が、類蔵ですから昔なら親の一字を入れるという事もあると聞いていますし 私の従妹が、言うには喜兵衛の名前を代々受け継いてきたという話も聞いているようです。
なので 吉田精三の父は、「吉田喜平」と「吉田喜兵衛」は、同一人物で無いなら字を替えて「きへい」の名前を受け継いでいるのかなとも思いました。
同じ名前の竹葉類蔵が相続をしているミステリーですが、これは類蔵の長男が、家督相続をしたあとに改名をしていた事が分かりました。
という事で 竹葉類蔵が亡くなって竹葉の長男が家督相続をした事で竹葉類蔵の「類蔵」という名前を引き継ぐために長男は、「竹葉M」から名前を改名したのかなという理由もありそうです。
その後、名前を類蔵に改名したあと長男は、5回も本籍地を変更しているのかの理由がちょっと想像が付きません。
なぜ長男は、5回も本籍地を変える理由があったのでしょうかね?