「前原巧山」を大河ドラマに!宇和島発・幕末技術者の奇跡を描こう

「前原巧山」を大河ドラマに!宇和島発・幕末技術者の奇跡を描こう

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幕末に純国産の蒸気船を造った前原巧山。司馬遼太郎も驚いた宇和島の技術者を大河ドラマに!

「前原巧山」を大河ドラマに!宇和島発・幕末技術者の奇跡を描こう

 

目次

はじめに:高知だけじゃない、宇和島にも偉人がいる!

高知県の偉人が朝ドラや大河ドラマにたびたび登場する理由、ご存じですか? 坂本龍馬、牧野富太郎、やなせたかしなど、革新性・人間味・地方性を兼ね備えた人物が多く、脚本家との縁や風景の魅力もあって、物語の舞台として選ばれやすいんです。

でも、宇和島にもドラマにふさわしい偉人がいるんです。 その名は──前原巧山

幕末の発明王・前原巧山をNHK大河ドラマに!宇和島から未来へつなぐ技術と情熱の物語

幕末の日本。開国と近代化の波が押し寄せる中、愛媛県宇和島市に、時代を先取りした技術者がいました。 その名は前原巧山(まえばら こうざん)。細工職人からスタートし、藩命で蒸気船を造るという無謀とも思える挑戦に立ち向かった、まさに“幕末の発明王”です。

蒸気船を造った男

1854年、宇和島藩主・伊達宗城の命を受けた巧山は、蒸気船の開発に挑みます。知識ゼロからのスタート。長崎に三度留学し、出島でオランダ船の構造を写し取り、薩摩藩でも技術を学びました。失敗を重ねながらも、ついに1859年、宇和島湾で純国産の蒸気船の航行に成功。しかも、参勤交代から帰る宗城を佐多岬沖で出迎えるという、ドラマのような展開まで!

この偉業について、作家・司馬遼太郎はこう述べています:

【▼記事は、下記に続く】

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【▲上記の記事からの続き▼】

「1858年(安政6年)の時代に、宇和島藩(中規模藩にすぎなかった)で蒸気機関船を作ったのは、現在の宇和島市で人工衛星を打上げたのに匹敵する」

つまり、当時の技術水準から見れば、地方の小藩が世界最先端の技術を独力で実現したという、まさに“奇跡”だったのです。

技術と情熱の人

巧山の挑戦は蒸気船だけにとどまりません。木綿織機、雷管、藍玉、ゲベール銃、ミシン、パンの製造など、生活・軍事・工芸・食文化にまで及ぶ発明の数々。まさに“何でも屋”の技術者として、宇和島藩の近代化に大きく貢献しました。

 

技術と挑戦の連続──巧山の発明一覧

発明・製作物 特徴・用途
蒸気船 日本人だけで造った純国産の蒸気船。1859年に宇和島湾で航行成功!
木綿織機 地場産業の効率化に貢献
雷管 火器の発火装置。軍事技術の一環
藍玉 染料の原料。藍染め文化の支援
ゲベール銃 洋式銃を30丁製造。藩の軍備強化に貢献
ミシン 洋式縫製機械の再現
パンの製造 西洋食文化への挑戦(失敗も記録)
合金分離技術 金属加工の高度な技術
大鏡製造 光学技術への関心も示す
しかも、身分は武士ではなく職人。食事も満足に取れない留学生活の中で、技術への情熱だけを頼りに学び続けた姿は、現代の技術者や研究者にも通じるものがあります。

なぜ今、前原巧山なのか?

NHKの大河ドラマは、時代の空気と人物の普遍性を重視して企画されます。近年は地方からの誘致活動も活発で、実際に市民の声が企画に影響を与えることもあるそうです。

前原巧山の物語は、地方の小藩から世界に挑んだ技術者の姿を描くことで、現代の地方創生や教育、ものづくりの精神にも通じるテーマを持っています。 図面も絵も残っていないけれど、記録と情熱は残っている。それこそが、ドラマの原動力になるのではないでしょうか。

宇和島からの提案──歴史を未来へ

宇和島市には、巧山の墓がある西江寺や、彼の挑戦を記した「前原一代記咄し」などの史跡・資料が残っています。これらを活用し、地元からの発信を強めることで、NHKへの提案も現実味を帯びてきます。

前原巧山を主人公にした大河ドラマ。 それは、宇和島の誇りを全国に伝えるだけでなく、技術と挑戦の物語を未来へつなぐ一歩になるはずです。

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