NHKスペシャルを見て思い出した、あの日の「三原山大噴火」と木村博士の警告

NHKスペシャルを見て思い出した、あの日の「三原山大噴火」と木村博士の警告

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NHKスペシャル「富士山大噴火」を機に振り返る、昭和61年の伊豆大島(三原山)大噴火。当時「富士山噴火」を警告していた木村政昭博士の予測と、全島避難という未曾有の事態が日本社会に与えた衝撃、そして現代に語り継ぐべき教訓をまとめました。

NHKスペシャルを見て思い出した、あの日の「三原山大噴火」と木村博士の警告


目次

1. はじめに:テレビが映し出した「いつか来る日」

2026年4月5日の夜、NHKスペシャル「富士山大噴火」を視聴しました。

最新のCGで描かれる噴火シミュレーションの恐ろしさに、思わず背筋が凍る思いがしましたが、同時に強烈な既視感が私を襲いました。

それは、昭和の終わり。日本中が「富士山が火を噴くのではないか」と、今以上に切実に身構えていたあの時代の記憶です。

2. 木村博士の警告と、高まる緊張感

当時、メディアを通じて連日のように警鐘を鳴らしていた一人の学者がいました。**木村政昭博士(琉球大学名誉教授)**です。

博士は独自の予測に基づき、「富士山噴火の足音が聞こえる」と警告を発していました。

多くの人が「次は富士山か」と山を見上げていたその時、実際に火を噴いたのは富士山ではありませんでした。しかし、それは富士山と同じ火山帯に属する、海を隔てた島――**伊豆大島(三原山)**だったのです。

3. 1986年11月、三原山が「割れた」

昭和61年(1986年)11月21日。

テレビから流れてきた映像は、あまりにも劇的で、そして衝撃的でした。

【▼記事は、下記に続く】

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【▲上記の記事からの続き▼】

山頂だけでなく、山肌を切り裂くように現れた火口列から、真っ赤な溶岩がカーテンのように噴き出す「割れ目噴火」。その火口の並びが、富士山の側火口と同じ方向(北西ー南東)を向いていたことが、恐怖に拍車をかけました。

「博士が言った通りだ」「地下で繋がっている富士山がいよいよ危ない」

そんな声がメディアや巷に溢れ、島民1万人以上が船で島を脱出する「全島避難」という未曾有の事態へと発展しました。

4. 噴火しなかった富士山、それでも残ったもの

結果として、この時富士山が噴火することはありませんでした。

しかし、伊豆諸島の火山活動と富士山の連動性は、決して否定できるものではありません。三宅島や伊豆大島など、あの激動の昭和後期に起きた噴火の数々は、私たち日本人に「火山の恐ろしさ」と「予測の難しさ」を決定的に印象づけました。

今回のNHKスペシャルを見て、改めて確信したのは、**「過去の記憶を風化させないことこそが、最大の防災になる」**ということです。

5. おわりに:記憶を記録として繋ぐ

30年以上の時を経て、再び「富士山噴火」が語られる今。

あの時、三原山の溶岩を見つめながら感じた「本能的な恐怖」を思い出すことは、次に備えるための第一歩なのかもしれません。

私のブログでも、こうした歴史の断片を記録として残していければと思います。


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