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先週だったかテレビでお昼頃「何故そこに日本人」という番組で ネパールで私財を投げ打ち病院を作った日本人として 山根正子さん(76歳)が、紹介されていました。
その番組を見て 岩村昇博士(故人)の事を思い出しました。
ちょうど家族で昼食をとりながらテレビを見ていたので 次女に「昔、宇和島の岩村万年堂の岩村昇博士もネパールの無医村で結核などの医療治療に尽力したんよ。」と教えました。
私が、小学生時代国語の教科書で 「ネパールにかがやく」というタイトルで 宇和島出身の岩村昇博士について書かれた内容の教材を授業で習いました。
そして私が、明倫小学校6年生の時に 岩村昇博士が、明倫小学校卒業生という事で見えられ講堂で岩村博士のお話を聞いた事がありました。
今となっては、話の内容は、覚えていませんが、印象に残ってるのは、ハゲいやいや頭が薄くなられていて 最初の挨拶で 「ネパールに輝く」と言われ 自分の頭を手でクルクルとなでるパフォーマンスをされみんなの笑いを取っていた事が、とても印象に残っています。
そういえば ネパールの人達に薬を送るために学校で古切手を集めていましたね。
私と年齢の近い人は、経験があると思います。
今でも小学校では、岩村昇博士の事を教えてるんでしょうか?
宇和島からこういう偉人が、生まれたことは市の誇りですね。
へ~(・◇・)
そうなんだ~ァ知らなかったァ
3人いる名誉市民の1人ですね。市役所の大ホールに肖像画があります。
性格がマイペースさんへ
あららららら!
じゃぁ 今日は、お勉強になりましたね(^^)v
まーきみ。 さんへ
岩村昇博士と あと2人は、誰の肖像画でしょうか?
4番目は間違いなくセイコウさんでしょう!( ゚д゚)ノ
小学校の時、「ネパール」「切手」というワードをよく聞いた覚えがあります。
なんだったんだろ?と思ったら、こういうことだったんですね。
まーきみ。さんへ
4番は、縁起が悪いので5番にしておいてください(笑)
まあくんさんへ
Facebookでも まあくんさんと同じことを言われていた人がおりました(^^)
私も古切手を学校に持って行きました。たしか岩村先生は昭和3年生まれ伯父と明倫で同級生だったはずです、名誉市民は伊達宗彰、大宮庫吉、岩村先生の三人だったはずです、先輩たちは大宮さんに色鉛筆をもらったはずです、たしか、公会堂の大宮ホール、和霊公園の噴水、城山のミュージックサイレンをもらったはずです。
高橋さんへ
高橋さんのお父さんといい伯父さんといい有名な方とお友達ですね(^^)
昔は、よく小学校に古切手なんか持っていきましたよね。
大宮さんから色鉛筆のプレゼントですか。
そのプレゼントは、いつ頃の話ですか?
今年定年になったぐらいの人が小学校の頃です。