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インスタントラーメンの元祖争いは実際にあったんだ!

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NHKの朝ドラ「まんぷく」を見られている方ならインスタントラーメンの元祖争いは、ドラマで見られたと思いますが、あのエピソードは、フィクションじゃなくて実際にあった出来事のようです。

ドラマのまんぷくラーメンは、日清食品の創業者の安藤百福氏がモデルとなっていまいます。

実は、安藤百福の他にもインスタントラーメンを作っていた人が居たという事でした。

東名商行の張国文(ちょう・こくぶん)という人です。

張国文 は、日本統治下の台湾で日本国籍を持つ台湾人として生まれ戦前は、歯科技工士として日本に来て戦後は、大阪アベノで中華料理店を作ったそうです。

そして 張国文 は、 中華そばを家庭で簡単に食べられる様にインスタントラーメン味付け乾麺製法を作り「長寿面」として昭和33年(1958年)の春頃に発売しそれと同時に大和通称の陳栄泰が、鶏糸麺を出したそうです。

そのあと数か月後 昭和33年(1958年) 8月25日「まんぷく」のモデルの安藤百福が、「チキンラーメン」を発売したことでインスタントラーメンの3社による元祖争いが起きたという事です。

「まんぷく」のドラマの中でのインスタントラーメンの元祖争いが描かれましたが、その時に安藤百福の役の万平が、元祖を主張する社長に対して「この自信はどこからくるのか?」というセリフを言っています。

この事を知ってるとその自信は、 張国文 もまたインスタントラーメン「長寿麺」を独自に作っていたということだったんですね。

ドラマの中では、まんぷラーメンをスパイして作った事になていましたが、安藤百福が 「長寿麺」 ヒントにしてインスタントラーメンを作ったという話もあるようです。

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【▲上記の記事からの続き▼】

第1次 南極観測隊に 張国文の作ったインスタントラーメン「長寿麺」を提供していたという事です。

その後 張国文 は、大規模な投資をして工場を拡張する冒険心がなかったので安藤百福は、 張国文 を説得して昭和36年(1961年)に2300万円(約3億円)で味付け乾麺製法を安藤百福に売却したという事です。

これで安藤百福が持っている「即席麺製造法」と 張国文 から購入した「味付け乾麺製造法」2特許を確定させました。

このことで日清食品の安藤百福と 大和通称の陳栄泰が、激しく対立しますが、食糧庁の和解勧告を受け和解します。

こうして 安藤百福は、 日本ラーメン(国際特許管理)特許を設立して特許を1本かし日本ラーメン協会を設立して理事長に就任しました。

そして昭和46年(1971年)にカップヌードルを開発するのだあります。

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まんぷくの万平印の「ダネイホン」は、「ビセイクル」だった!

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NHKの朝ドラ「まんぷく」みてますか?

立花萬平は、塩造りをやめて栄養食品の「ダネイホン」で商売をする事になりました。

その栄養食品のダネイホンなんですが、実際に作っていたという事です。

ドラマでは、「ダネイホン」というネーミングですが、実際の栄養食品は、「ビセイクル」という名前だったようです。
栄養食品の開発する為に専門家を集めて国民栄養化学研究所を設立し、牛や豚の骨からたんぱく質エキスを抽出することに成功しパンに塗るペースト状の栄養商品「ビセイクル」として病院にも供給していたということです。

その後 ドラマで萬平は、奨学金を支給して若い従業員を夜学に通わせ勉強させていますが、実際に 安藤百福も前述の事業において地元の若者を雇い、彼らに「奨学金」として現金を支給していましたが、奨学金は所得であり源泉徴収して納税すべきであるのにそれを行わなかったというのが理由で 1948年12月、GHQに脱税の嫌疑をかけられ裁判の結果、判決は4年間の重労働の刑で、巣鴨拘置所に収監されました。

【▼記事は、下記に続く】

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【▲上記の記事からの続き▼】

これにより安藤が個人名義で所有していた不動産は全て没収されてしまいます。

収監後、GHQは安藤の名を挙げて「納税義務に違反した者には厳罰を処す」という内容の談話を発表したという事です。安藤はこの一件について、「みせしめに使われたようだ」と述べています。

その後、法学者の黒田覚の支援を受け、弁護団を結成して処分取り消しを求める裁判を起こし これに対しGHQ側は「訴えを取り下げれば釈放する」と取引を持ちかけ当初安藤は断固裁判を継続する覚悟を固めていましたが、最終的には大阪に残した家族の生活を案じて取引に応じて訴えを取り下げ、釈放されたという事です。

このあとようやくインスタントラーメン(即席めん)作りに取り組むようです。

今後のドラマの展開が楽しいです。

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NHK朝ドラ「まんぷく」の夫・萬平は台湾人だったんだ!

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今NHKで放送されている朝ドラの「まんぷく」毎朝欠かさず観ています。

この「まんぷく」は、インスタントラーメン「チキンラーメン」、カップ麺「カップヌードル」の開発者として知られる日清食品(株)創業者の安藤百福あんどう ももふく氏をモデルにしたドラマで その妻・仁子をモデルとするヒロインと実業家の夫・萬平(安藤百福)の夫婦の成功物語です。

「まんぷく」が、放送される以前から日清食品(株)創業者の安藤百福氏の事は、インスタントラーメンの開発者という事はテレビなどを見て知っていました。

それまでは、安藤百福氏を日本人だと思っていましたが、今回ネットの記事を見て日本統治時代に台湾人の両親の元に生まれた台湾出身者である事を知りました。

そこでウィキペディアでも確認してみるとやはり台湾出身であると記載されていました。

そして1966年(昭和41年)に日本国籍を再取得したという事です。

台湾出身だからどうだという事ではなく今まで日本人だと思っていたので「そうだったんだ!」と思っただけです。

朝ドラの「まんぷく」の中でのエピソードなどもウィキペディアを読むと実際に安藤百福氏が、体験された事をドラマ化しているんですね。

ドラマの中で 太平洋戦争開戦後、軍需工場の経営に携わりそのために憲兵の拷問を受けることになったシーンがありましたが、安藤は、国から支給された資材の横流しに気付き憲兵隊に訴えましたが、却って自身が横流しした疑いをかけられ、棍棒で殴られ正座した足の間に竹の棒を挟まれる、といった拷問を受けたという事です。

憲兵隊の中に横流しをしたと思しき者の親戚がいたことが後に判明したと自著の中で書いています。自白を強要されたが調書への署名を拒否し、拷問はエスカレートしていったという事です。まさにドラマでのエピソードと一緒ですね。

【▼記事は、下記に続く】

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【▲上記の記事からの続き▼】

安藤は留置場で知り合った人物を通じて知人の元陸軍将校に助けを求め、解放されたが留置生活の影響から深刻な内臓疾患を抱えることになり、後に2度の開腹手術を受けたとウィキペディアで紹介されていました。

朝ドラの「まんぷく」では、萬平(安藤百福あんどう ももふく)は、台湾出身であるという設定にはなっていないようですね。

もし日本が、台湾を統治していなかったら安藤百福氏の運命は、今とは、違うものだったんだろうかなぁ?なんて思ってみました。

安藤百福氏は、能力のある人ですから台湾で台湾人として やはりインスタントラーメンを開発していたんでしょうかね?

そんな事を思うとあの人達の運命も違っていたのだろうかなどと思ってみました。

ロッテの会長重光 武雄しげみつ たけお氏は、日本統治時代の朝鮮出身の在日韓国人一世ですしまた力道山も 日本統治時代の朝鮮人の両親のもとに生まれて日本でプロレスラーとして大活躍しました。
他には、極真会館大山 倍達おおやま ますたつも 日本統治下の朝鮮半島で生まれ朝鮮半島出身の武道家(極真空手)の創始者です。

この人達も もし日本が朝鮮を統治していなかったら違った道を歩んだんでしょうかね?

いずれも能力のある人ばかりですから違う道に進んでも名を残す人となっていたのかもしれませんね。

そんな事を思う今日この頃です。

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