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日本は、月面到達世界で3番目だったんだ!

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世界で最初に月へ到達したのは、ソ連でした。
1959年9月12日に打ち上げられたルナ2号は世界で初めて月面に到達した人工物となりました。
そして それから3週間後の10月4日に打ち上げられたルナ3号は、月の裏側を世界で初めて撮影することに成功しました。
しかし1960年4月には2機の月探査機を打ち上げましたがこれはいずれも失敗し以降ソ連は有人宇宙飛行の実現に力を入れ月探査はしばらく途絶えることとなりました。

ソ連に後れを取っていたアメリカは、1969年7月20日にアポロ11号で人類史上初の有人月面着陸を成功させます。

なんとアメリカのケネディー大統領は 日本の米沢藩の藩主の言葉に影響を受けてアポロ計画を推し進めたということです。

その藩主とは上杉鷹山うえすぎ ようざんで江戸時代に莫大な借金を抱えていた米沢藩を立て直した藩主です。

上杉鷹山の有名な言葉に 「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」ケネディー大統領は、この言葉に影響を受けたという事です。

私は、子供ながら日本は、月には行けないだろうなとなぜかそんな事を思っていました。

実は、その日本は、世界で3番目に月へ到達していた事を知りました。

1990年1月内之浦から打ち上げられた工学実験衛星「飛天ひてん」は、地球と月を巡る軌道を自在に飛行して、10回以上の月スイングバイ、孫衛星「はごろも」の月周回軌道投入、地球大気を使ったエアロブレーキ実験の後、1993年4月11日、ソ連、アメリカに次いで、世界で3番目の月面到達を果たしていたのです。

飛天ひてん」は、天体の重力を使って加速・減速二重のスイングバイ実験を世界で初めて成功させ更に世界初のエアロブレーキ実験でも成功させています。

このエアロブレーキ実験の成功は、世界を驚かせました。

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そしてアメリカ航空機メーカーの社内報に「空想から現実に」という見出して世界初のエアロブレーキ実験の成功が記事となりました。

これで日本は、宇宙開発のトップのアメリカと肩を並べた瞬間でした。

これらの技術が、「はやぶさ」へと繋がり世界の探査機に欠かせない技術となっています。

そして最後のミッションが、月への到達でした。

到達という形は、軟着陸ではなく工学実験衛星「飛天ひてん」を月のゆたかの海へ落とすという形です。

そして見事に月の目標地点「ゆたかの海」へ「飛天ひてん」を落とすことに成功します。

飛天

日本は、月面到達世界で3番目の国となりました!

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