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以前、黒の瀬刑場跡地について宇和島教育委員会に問い合わせをしてみました。
担当は、ブラタモリで宇和島の案内人を務められた文化・スポーツ課の廣瀬岳志さんでした。
そしてその回答が、4月24日にメールで届きました。
やはり「黒の瀬刑場跡地」についての場所の特定が難しいようです。
古絵図に黒の瀬と記載のある箇所は、宇和島吉田線274沿いの薬師堂の辺りにあるという事ですが、過去に踏査をしたものに聞いても特定できる石造物も見当たらなかったとのことで、「薬師堂界隈の辺り」としか言えないようです。
黄色の丸で囲んでる辺りが、薬師堂の有る場所になります。
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宇和島藩の刑場「黒の瀬刑場」へ行く途中の「見返り橋」で刑罰を受ける罪人が、今生の名残を惜しみ、宇和島の城下町を振り返った事から「見返り橋」の名が付いたと伝承されていますが、罪人は牛の背に後ろ向きに乗せられ市中引き廻しされていましたので振り返る必要は無かったので「見返り橋」の話は、のちに作られた作り話だと思います。
下の地図は、元禄16年の宇和島の地図です。
赤丸の橋は、現在の須賀橋だと思われます。
この頃には、まだ「見返り橋」は無かったようです。