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1982年の映画『ポルターガイスト』でドルビー・ステレオの音の移動感に衝撃を受けた。そこから始まった私のドルビー・サラウンド遍歴を、Dolby Stereo、Dolby Surround、Pro Logic、5.1ch、7.1chの歴史とともに振り返ります。

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映画館で「音が動いた」――『ポルターガイスト』から始まった私のドルビー・サラウンド史
映画を観ていて、思わず天井を見上げたことがある。
私にとって、その瞬間は1982年公開の映画『ポルターガイスト』だった。
画面の中で起きていることに驚いたのではない。
「音が動いた」
そのことに驚いたのである。
音がスクリーンの中だけに存在しているのではない。
前から聞こえていた音が、いつの間にか自分の後ろへ回り込んでくる。
「いまの音は、どこから聞こえたんだ?」
そう思って、私は思わず天井を見上げ、周囲を見回した。
もちろん、そこに何かがあるわけではない。
けれど、そのとき私は初めて、映画の音には「方向」があることを強く意識した。
それが、私とドルビー・サラウンドとの出会いだった。
『ポルターガイスト』との出会い
1982年に公開された『ポルターガイスト』。
スティーヴン・スピルバーグが製作・脚本に関わり、トビー・フーパーが監督したこの作品は、当時の私にとって単なるホラー映画ではなかった。
テレビから聞こえてくる不気味な声や、動き出す家具といった映像の強烈なインパクトはもちろんのこと、今振り返っても強く記憶に残っているのは「音に包まれる」という感覚だった。
当時の劇場公開版には「Dolby Stereo(ドルビー・ステレオ)」が使われていた。
AFI(アメリカ映画協会)の記録にも「Recorded in Dolby Stereo」と明記されており、35mmフィルム版の標準仕様として採用されていた。さらに70mmフィルム版では、より豪華な6-Track方式が用意されていた。
つまり、私が映画館で体験したあの「音の動き」は、単なる大音量の演出ではない。
映画の音をスクリーンの左右だけでなく、観客の周囲全体へ広げるための最新技術だったのだ。
ドルビー・ステレオとは何だったのか
ここで少し、当時の映画音響について振り返ってみたい。
現在でこそ「サラウンド」という言葉は当たり前になったが、1970年代以前の映画館では、現在のように観客を取り囲む音響空間を作ることは一般的ではなかった。
そこに革命を起こしたのがDolby Stereoだった。
Dolby Stereoは、1970年代に登場した映画館向けのマルチチャンネル光学音響方式だ。
35mmフィルムに刻まれた「わずか2本の光学音声トラック」の中に、位相差を利用したマトリックス処理によって4チャンネル分の音響情報をエンコードして記録する。
基本構成は以下の通りだ。
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左(L)
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中央(C)
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右(R)
-
サラウンド(S)
フィルム上の物理的なトラックは2本しかない。
しかし、劇場用の専用デコーダーを通すことで、4つの音響成分に分離・抽出され、館内の複数のスピーカーへと音を振り分けることができる。
限られたメディアの制約の中で、映画館全体を包み込む音響空間を作り出した画期的なシステムだった。
『スター・ウォーズ』がサラウンドを広めた
Dolby Stereoの歴史を語るうえで欠かせない作品がある。
1977年の『スター・ウォーズ』だ。
Dolby Stereoは1976年の『スター誕生』などで採用され始め、翌1977年の『スター・ウォーズ』の記録的大ヒットによって、世界中の映画館と観客にサラウンド音響の衝撃を知らしめた。
頭上を宇宙船が通り過ぎ、爆発音が周囲を包み込む体験は、それまでの映画の概念を覆した。
映画は「画面を見るもの」から「空間全体を体験するもの」へと進化したのだ。
その潮流の延長線上に、1982年の『ポルターガイスト』も位置していた。
映画館のドルビー・ステレオが家庭へやってきた
映画館であれほど衝撃を受けたサラウンド音響。
「これを家でも再現してみたい」と願うのはごく自然な流れだった。
そして1982年12月、Dolbyは家庭用のサラウンド技術として「Dolby Surround(ドルビー・サラウンド)」を発表する。
劇場用「Dolby Stereo」の音響設計と思想をそのまま家庭用に持ち込んだこの技術は、VHSやLaserDiscなどの2チャンネル・ステレオ音声の中にサラウンド情報を潜ませ、家庭用のデコーダーで取り出す仕組みだった。
映画館のDolby Stereoから、家庭のDolby Surroundへ。
ホームシアターの歴史における、極めて大きな一歩だった。
私もAVサラウンドアンプを買った
私もついにAVサラウンドアンプを購入し、念願のホームシアター人生をスタートさせた。
システムは非常にシンプルだった。
フロントに左右2本。そして部屋の後方に左右2本。計4本のスピーカーを配置した。
当時の家庭用Dolby Surroundは、後方のサラウンド音声自体は「モノラル信号」だったため、後ろの2本のスピーカーからは同じ音が流れていた。
それでも、映画を再生した瞬間の感動は今でも忘れられない。
テレビのスピーカーから前方一方向に聞こえるだけだった音が、自分の背後へ回り込んでくる。
たとえリアがモノラルであっても、「部屋全体が映画の空間に変わる」という体験は、まさに我が家における革命だった。
Dolby Pro Logicの登場
1987年になると、家庭用サラウンドは「Dolby Pro Logic(ドルビー・プロロジック)」へと大きく進化する。
従来のDolby Surroundをベースにしつつ、アクティブ・ステアリング回路(方向性強調回路)を導入したことで、家庭でも劇場により近い独立した4チャンネル再生が可能になった。
特に決定的な違いをもたらしたのが「センターチャンネル(センタースピーカー)」の存在だ。
映画において、セリフが画面の中央から聞こえることは極めて重要だ。
センターチャンネルが独立したことで、登場人物のセリフが画面中央にがっしりと固定され、左右や後方の効果音と見事に分離するようになった。
現在では当たり前となった「センタースピーカー」という概念は、この時代に定着していった。
4本のスピーカーから、サブウーファーへ
私のシステムも少しずつ進化していった。
4本のスピーカーで楽しむうちに、「もっと腹に響く低音がほしい」という欲求が芽生え、サブウーファーを追加した。
映画の爆発音、雷鳴、地響き。
重低音を専用のサブウーファーに委ねることで、音は「耳で聴くもの」から「身体全体で体感するもの」へと変わった。
ここから、システムは本格的な「.1ch(LFE)」を含む時代へと突入していく。
そして5.1chのデジタル時代へ
1990年代に入ると、映画音響はアナログから完全デジタルへと大きな転換期を迎える。
1992年、映画『バットマン リターンズ』で劇場用デジタル音響「Dolby Digital(ドルビー・デジタル)」が初登場。
その後、DVDの普及とともに家庭にも「5.1chサラウンド」が一気に広がっていった。
それまでのマトリックス方式(2chに音を畳み込む方式)とは異なり、5.1chはすべてのチャンネルが完全に独立したデジタル音声だ。
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左フロント
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センター
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右フロント
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左サラウンド(独立ステレオ)
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右サラウンド(独立ステレオ)
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サブウーファー(.1ch 重低音専用)
後方のサラウンド音声も完全なステレオ(左右独立)になり、音が「後ろで鳴っている」という段階から、「空間の意図した位置へ自在に音を配置する」という三次元的な音響デザインが可能になった。
DVDを再生し、AVアンプの表示窓に「Dolby Digital」や「dts」のロゴが誇らしげに点灯したときの興奮は、当時のホームシアターファンの共通の思い出だろう。
7.1ch、そしてその先へ
その後も私のシステムは進化を続けた。
AVアンプを買い替え、リアバックスピーカーを追加して7.1chへ。
4本のスピーカーから始まったシステムは、時代の変化とともに少しずつ姿を変えていった。
振り返ってみれば、それは単なる「機械の買い替え」ではなかった。
「あの日の映画館で体験した音を、もっと深く味わいたい」という一貫した情熱が、私を動かし続けていたのだと思う。
現在では、音を「チャンネル」ではなく空間内の「位置情報(オブジェクト)」として扱う「Dolby Atmos(ドルビー・アトモス)」のような頭上を含めた立体音響が主流になっている。
音に方向を持たせるという挑戦は、今もなお進化を続けている。
Dolby StereoとDolby Surroundの違い
ここで一度、名称の整理をしておきたい。
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Dolby Stereo(ドルビー・ステレオ):映画館向けに開発された4chマトリックス光学音響方式(1970年代〜)
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Dolby Surround(ドルビー・サラウンド):上記を家庭の2chステレオ環境に落とし込んだ民生用規格(1982年〜)
「1982年の『ポルターガイスト』はDolby Surroundだった」と言うより、「劇場ではDolby Stereoで公開され、その考え方が同年に家庭用Dolby Surroundとして展開された」と理解するのが正確だ。
この技術の流れを知ることで、映画音響の発展史がより一層くっきりと見えてくる。
あの日、映画館で天井を見上げたことから始まった
1982年、『ポルターガイスト』を観て音の移動感に驚き、思わず天井を見上げたあの日。
当時の私は、自分がその後何十年もAVアンプを買い替え、スピーカーを増やし、サブウーファーを足し、5.1chや7.1chの環境を構築していく未来など想像もしていなかった。
ただ素直に、「映画の音って、なんて面白いんだろう」と思った。
趣味というものは、案外そういう小さな驚きから始まるものなのだろう。
映像と同じくらい、あるいはそれ以上に、音は映画の世界へ私たちを引き込んでくれる。
あの日、映画館の暗闇の中で聞こえてきた「動く音」は、私を魅惑的なホームシアターの世界へと連れ出してくれた。
1982年の『ポルターガイスト』。
私にとってこの作品は、単なる一本のホラー映画ではない。ドルビー・サラウンドに目覚めた、永遠の原点なのである。