元結掛には、薬師神のコマ屋さんがありました。
こちらは、お米屋さんの おじさんがコマを作っていたそうです。
薬師神は、堅い木(樫の木かな)を使ってコマを作っていたそうです。
材料としては、百日紅が、一番良い材料だったようです。
樫は、ぶつけゴマ用に向いていた材料だったようです。
コマという漢字は、「独楽」と書くようで「一人で楽しむ」という意味があるようです。
コマも何種類かありました。
「とっくりコマ」「ぺちゃコマ」「鉄コマ」鉄コマは、大きいのと小さいのがありました。
鉄コマは、コマの周りに鉄の輪っかが付いたコマです。
番城校区では、とっくりコマを どんぐりコマとも言っていたそうです。
facebookからの情報で 遊び方は「いっちょん にちょん」と言ってジャンケンで一番に負けた子が「いっちょん」で何もないところで回して、二番目に負けた子が「にちょん」で「いっちょん」にぶつける権利があります。三番めが「さんちょん」で・・・人数が多くなるほど、後からぶつける人はどれかに当たる。ジャンケンで一番勝った人が「将軍」。「いっちょんやっても、よかろうか」、「いっしょんやってもよかろうぞ」と言って始まったそうです。
あとコマの回り方のタイプで「テケ」「ビリ」「スー」一番いいのが「ジンスー」って言ってました。
コマもいろいろと 自分達で改造を加えたりもしてましたね。
コマの芯棒をコンクリート釘にしたり コマにラッカーを塗ったり また釘を打ってバランスを整えたりとか 相手のコマにぶつけて割るためにコマの釘の先をやすりで研いたりもしていたようです。
あと防御の為にコマの上面にロウソクのロウを流し込んで ぶつけられても滑るように工夫されている人もおられたようです。
私もぺちゃコマでぶつけゴマを 練習してましたがマスターすることができませんでした。
ぶつけゴマは、危ないからという理由で禁止されたような気もします。
その禁止令は、学校から言われたのか 親から言われたかのかちょっと記憶が定かではありませんが、ぶつけゴマの練習をするのに 誰かにぶつけたらいけないという気持ちから怖々練習していたのを覚えています。
もう今は、あのとっくりコマを作っている人はいないでしょうかね?
今日の「宇和島の散歩道」は、「宇和島のコマ屋「薬師神」」のお話でした。
[宇和島市「薬師神のコマ屋さん」場所付近地図 Simple Map]
みんな、練習していました、私は引き巻で上からぶつける引きぶつけも出来ます。紐がもつれて顔にコマが帰ってきて怪我をしたこともありました、それぐらい努力しないと、勝てませんよ!
高橋真慈さんへ
筋金入りですね(^^)
超負けず嫌いです!コマの芯はコンクリート釘をグラインダーで三角に研いでました。一撃必殺です芯換え用の釘は鉄ゴマの芯がぴったりです、下が土のときは芯を丸く削った地面に刺さらないコマを使ってました。勝負の場所は一宮様、おたまえさま、雨の日は、龍華の門の中、西村理容の前の広い道と明源寺では明倫校の子と勝負してましたよ。たこ焼食べながら(笑)
高橋真慈さんへ
ホント凄いですね。
コマに関しては、はんぱなく色々と研究されていたんですね(^^)
その昔、あそび道具など殆ど無い時代があり、子供たちは屋外で独楽回しかべったん(厚手の紙製札)をお互いに返しながら獲り合う)などが主流で、独楽も木製の現在もあるものや、取り合うために造られた鋳物製のベイゴマ(言葉の発生元はバイガイの蓋)を樽のふた部分に茣蓙を置いたものの上でお互いが廻し弾き飛ばすと勝者が獲る遊びで、これが賭博のように理解され教育上から禁止になったようです。べったんも、紙の厚さ大きさは決まっていたので、子供心に蝋を垂らし込んで重さを加えて何とか相手より優位に立ちたい思考が働いたようです。
澤村 篤一さんへ
ベイゴマの云われを教えて頂きありがとうございます(^^)
澤村さんが言われている「べったん」は、「うつぱん」とか「めんこ」とか言っていました。
私の子供の頃「うつぱん」でもよく遊びました。
友達何人かでめんこを台の上に置いて じゃんけんで順番を決めて その順番で試合が始まります。
相手のめんこを ひっくり返すか 台の上から下へ落とすか この時自分のめんこは台の上に残ってい居ないと駄目です。
ひっくり返したり 台の上から落としためんこは、自分のモノになります。
こんな感じであそんでいました。