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今日は、4代藩主村年の墓の右隣り9代夫人の紹介と3代夫人の紹介です。
左の墓が9代夫人温徳院殿で右の墓が孝順院殿です。
9代といえば伊予国宇和島藩最後の藩主 宗徳の夫人ですね。
9代藩主 宗徳は、金剛山に墓所がありますが、9代夫人はここ竜華山なんですね。
宗徳の正室は毛利斉元の娘・孝の墓は(右)孝順院殿 です。
そして左の墓が、 継室の佳(佐竹義厚の娘)温徳院殿です。
継室とは、正室と同じく、日本の歴史において身分の高い者が 継室となる場合が多く一般的に誤解されていることとして、寵愛深かった 側室が正室の死後(もしくは離婚後) 継室として格上げされるというものではないようです。
継室は、正室と同等という事になりますね。
ちなみに 側室 は、正室がいる状況で後継者を作るために迎えた女性をいいます。
ということで 佐竹義厚の娘・佳は、正室孝の亡きあと 継室として迎え入れられたということですね。
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次は、3代夫人の墓です。
【13】3代夫人
第3代藩主伊達宗贇の夫人三保です。

三保は、宇和島藩2代藩主伊達宗利の娘です。
3代藩主の嫁が、2代藩主の娘ってちょっと「えっ!」て思うかもしれませんが、3代藩主宗贇は、陸奥仙台藩の第3代藩主・伊達綱宗の三男で 貞享元年(1684年)3月13日、伊予宇和島2代藩主・宗利の次女と結婚し、その婿養子となり、伊達宗贇に改名しています。
宗贇の墓所は、同じ竜華山にありますが、夫人の墓所とは、反対の東墓所にあります。
今日の「宇和島の散歩道」は、「伊達家墓所〜龍華山編3」のお話でした。
愛媛県宇和島市野川甲1157
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