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宇和島を訪れた偉人「伊能忠敬」

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宇和島の自然と文化

今日は、宇和島を訪れた偉人伊能忠敬いのうただたかです。

伊能 忠敬いのう ただたか延享えんきょう2年1月11日(1745年2月11日) – 文化ぶんか15年4月13日(1818年5月17日))は、江戸時代の商人で測量家です。

たぶん皆さんは、有名な人物だからどんな事をされた人かご存じの人物だと思います。

寛政かんせい12年(1800年)から文化13年(1816年)まで、足かけ17年をかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図だいにほんえんかいよちぜんず』を完成させ、日本史上はじめて国土の正確な地図を作った人です。

日本の地図を作った人だから 当たり前の事ですが、宇和島にも測量しに来られてるんですね。

文化5年(1808年)に宇和島に来て海岸を測量されています。

この時の宇和島藩主は、伊達村寿だて むらなが六代目藩主でした。

【▼記事は、下記に続く】

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【▲上記の記事からの続き▼】

宇和島に来られた頃の伊能 忠敬いのう ただたかの年齢は、なんと63歳だったそうです。

測量を手伝った人は、総勢811人と94せきの船が参加したそうです。

たぶん見物人も沢山集まって観ていたのではないでしょうかね。

波が高くて危険だから船は、岩礁がんしょうに近づけない方が良いと 地元民がさとしたそうですが、伊能忠敬いのうただたかは 「いやでも近づけて欲しい」と願い出たという事が記録に残っているそうです。

伊能忠敬いのうただたかは、妥協しない人だったんですね!

今日の「宇和島の散歩道」は、「宇和島を訪れた偉人「伊能忠敬いのうただたか」」のお話でした。

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