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今日は、昭和32年宇和島商工名鑑に記載されている映画館をご紹介します。
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画像:宇和島商工会議所「1957年の宇和島商工名鑑」より のうみんさん提供 |
今日は、昭和32年頃に宇和島にあった映画館のご紹介です。
この中で私が、実際に行ったことのある映画館は、東映劇場だけですね。
東映劇場は、春、夏休みには、東映漫画祭をやっていましたのでよく観に行っていました。東映では、「ガメラ」もよく観ました。映画館入口には、大きなガメラの張りぼてが飾ってあったのが印象的でしたね。(中央町2丁目3-18) |
昭和46年発行地図 |
昔、芝居小屋だった融通座が、映画館「スバル座」となりました。当初は、洋画専門館として出発したようです。その後ボーリングセンターとなりました。ボーリングセンターの後ポルノ専門の映画館「ロマン座」と「スバル座」の二館となり その後「シネマサンシャイン」となりましたが、シネマサンシャインも2005年に閉館してその後マンションとなりました。(本町追手1丁目3-82) |
昭和46年発行地図 |
新栄映画劇場は、河合楽器店のとなりに有ったようです。(恵美須町2丁目4-23) |
昭和46年発行地図 |
日劇(丸之内5丁目2-21) |
昭和46年発行地図 |
和霊座は、東洋教材研究所あたりに有ったようです。今は、駐車場となっているようですが。 |
昭和46年発行地図 |
山際にも「つばめ座」という映画館が、あったとは驚きました。「宇和島衣料市場」が「つばめ座」だったようです。(山際) |
昭和46年発行地図 |
日活菊美ど里劇場の前が、中央劇場だったようです。
菊美ど里の時代は、タダ券を頂いていたので毎月土曜日度に仕事後観に行っていましたが、昭和60年12月末(1985年)、火災により全焼してしまい今は、そのあと地に「メガネの三城」が営業しています。
(本町追手2丁目7-10) |
昭和46年発行地図 |
キリン館(御幸町2丁目5-1) |
昭和46年発行地図 |
「中座」は、昭和35(1960)年芝居小屋だったのを商店街の客寄せのため、「 袋町共栄組合」がロマン座映画館に貸し付けたのが始まりだぞうです。ロマン座は、小学6年生の時に始めて友達と洋画を観に来た映画館で その時上映していたのが「ポセイドンアドベンチャー」と西部劇の二本立てでした。(中央町1丁目4) |
昭和46年発行地図 |
興行業の名簿を見て凄いなと思ったのが、日劇、和霊座、つばめ座、東映劇場、中央劇場、キリン館の6館を 坪内さんという女性の方が代表となっていました。
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この坪内スミコさんという方は、あの「再建王」として知られる坪内寿夫さんの奥さんです。
坪内寿夫氏(1914年9月4日 – 1999年12月28日)は愛媛県伊予郡松前町生まれの日本の実業家で倒産寸前の企業を数多く再建させた手腕から、一時はマスコミによって「再建王」また船舶・造船・ドック会社を多数抱えたことから「船舶王」とも称され、四国を中心としたグループ形態から「四国の大将」とも称されていました。
坪内寿夫氏は、1945年(昭和20年) シベリアに抑留されていて1948年(昭和23年) 帰国し、愛媛に戻るとこれからは、娯楽が儲かると着目して松山市で映画館経営を手がけ利益を上げたそうです。
因みに日本の映画館での違う系列の映画の二本立て上映を初めて行ったのは、坪内氏のこの劇場であったそうです。
今日の「宇和島の散歩道」は、「昭和32年頃の宇和島の映画館」のお話でした。
[宇和島市シネマサンシャイン跡地図 Simple Map]
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